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0系

新幹線0系電車(しんかんせん0けいでんしゃ)は、1964年の東海道新幹線開業時に開発された初代の新幹線電車である。 2008年11月30日に定期運用を離脱し、同年12月14日の臨時列車(さよなら運転)で旅客営業運転を、同日車両故障に備えて博多総合車両所岡山支所に待機していた予備編成の回送を以て全ての業務運転を終了した。 史上初の高速鉄道専用車両として1964年から1986年までの38次にわたり、東海道・山陽新幹線用の初代車両として改良を重ねつつ、合計3,216両が製造された。先頭車は224両ずつ製造。ただし途中で老朽化した0系を0系新製車で置き換える方針に変わったため、3,216両が同時に揃ったことはなく、在籍両数の最大値は1976年の2,338両(うち2両は保留車)である。 航空機(特に旅客機)に範をとった丸みのある先頭形状と、青・白塗り分けのスマートかつ愛嬌のある外観を備える。初期の新幹線のイメージを確立した車両であり、戦後日本の高度成長時代を象徴する存在として、人々から長く親しまれた。1980年(昭和55年)頃までの書籍などでは「旅客機を思わせる先頭部」という書き出しで紹介されることが多かった。 第8回(1965年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞車でもあり、日本の鉄道における史上最高の名車と評する鉄道ファンも少なくない。 2007年8月にはYS-11などとともに機械遺産として認定された。 2000年代に入った時点で既に大半が廃車されており、2008年時点では山陽新幹線区間のみの運転だったが、同年11月30日の岡山駅14:51発博多行の「こだま」号を最後に定期営業を終了した。2008年12月6日・13日・14日に新大阪〜博多間にて「ひかり号」として「0系さよなら運転」が行われ、その後は全車が廃車され、車種としては廃止される。[1]。歴史的価値が高く、映画・ドラマ撮影等で多く使われる人気車両である。 2001年にはイギリス・ヨークの国立鉄道博物館に先頭車1両(22-141)が西日本旅客鉄道(JR西日本)によって寄贈されている。これ以外には、建築限界測定車として改造を受けた車両(21-5035)が台湾(中華民国)へ渡った。 なお、「0系」と呼ばれるようになったのは東北・上越新幹線用の200系が落成した1980年頃からのことで、1970年代以前は単に「新幹線電車」(しんかんせんでんしゃ)と呼ばれていた。文献によっては「000系」と呼称していたこともある。

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